シリコンバレーから42      夜陰に乗じて       竹下 弘美
 北加の夏時間は南加より長い。 九時になってもまだ、ほんのりと夕焼けが残っている。そしてそれが過ぎてあたりが暗くなると、私はそわそわしてくる。


 一月くらい前のこと。いただいたお花をしばらく愛(め)でてから、枯れたところを始末し、家のもみじの枝なども加えて生け直した。その生け直した花があまりきれいなので、会社のロビーに持っていった。ちょうど、ロビーのテーブルにはなにもなく、皆に喜ばれた。レセプショニストにきいたのだろう、メインテナンスのおじさん、ジェリーが、エレベーターの中で会ったとき、「ロビーの花をありがとう。かつては欄の一鉢も買えたのに、今はそれだけの予算がなくて….... 」と言った。それがそもそものコトの始まりである


 三日経って、持っていった花が枯れてきた。どうにかしなければならない。と、私の目に入ったのは、会社のパーキング場に咲いていたリリーオブナイルだ。それと、家にあるもみじと会社の帰り道の土手に咲いていた潅木になっている名も知らない花とでなんとか生けることができそうだ。その土手の花を切ろうと思ったが、誰の所有地でもない所だが、断らないで切るということに少し抵抗があった。よし、夜になってからにしようと、夜陰に乗じて切りに行った。この秘密のにおいはなんだか昔味わったことがある。お華を習いに行くといって帰りに母に内緒で今の夫とデートしていた、そのときのにおいだ。


幸い二つ対になっている良い花器を持っていたので、その花器にそれらを生けた。なんと皆がわざわざ私の席にきて、絶賛するではないか。でもほとんどは、花器がすばらしいというものであったが。それらがまた枯れた。ちょうど、我が家の前の家の垣根は真っ白の夾竹桃が花盛り。台所仕事をしていても、まぶしいいくらいに白い大群の花が私の目におしかけてくる。垣根だから、断らなくてもいいだろう、それにそのことで、わざわざ電話をかけてこのところ顔を見ないミスターホッピーを煩わすこともあるまいと自分に言い聞かせる。それでもあたりが暗くなってから、人が歩いていないか、自動車が走ってこないのを確かめて枝をたくさん切った。このときはやはり、気がせいた。真っ白いバスケットがあったので、それにキムチの大きな空き瓶を入れ、その中に夾竹桃の葉の部分を全部むしり、ワンサと生け、家のアイビーを添えた。真っ白がまぶしい、ウエデイング用のような大きな花籠が出来上がった。


 毎日車を走らせながら、道端の花に目が行く。そこに咲いている花がわざわざ植えられたものでない場合はいただくことにし、昼の間に目星をつけて、夜、切りにいくことにした。そんな姿を見て、息子に言われた。昔、娘が幼いころ、道端の花をひとつ取って、髪に挿したら、私がすごく叱ったという。それなのに今の私のやっていることはひどいというのだ。夫も公共の所とはいえ、勝手に切るのは犯罪だという。それよりもその旨を会社にいって、いくら財政難だといっても少しくらいの予算は出してもらうべきだと。たしかにそうだ。そうしようと思いつつ、目はいつも道端の花にいく。我が家の花はほとんどが鹿に食べられてしまう。ピアノのレッスンに行った。目に飛び込んできたのは先生宅の前庭の見事なあじさい。しかも三種類も色違いがある。その上、裏庭にはコスモスと見事なデイジー。それらをお願いしていただいて帰り、生けて翌日会社に持って行った。とてもすてきな作品ができた。私は花を生けるのが大好きだ。生けているとき、忘我の卿を味わう。ときとして、あまりにもうまく生けられると草月流の師範をもっている私としては、道をまちがったかなと思う。だいたい、三十代で泳ぎを覚えたときには、オリンピックを目指そうと思った私だから(これは出産で断念?)、うぬぼれが強い。


そんなことを繰り返していたある日、「コングラチュレーション」と社長秘書がなにやら、賞状のようなものを私のデスクにもってきた。みると、ロビーの花を生けていることへの社長からの感謝状で、会社の名前入りジャンパーを授与してくれるというではないか。これではずっとこのボランティアの仕事を続けなければならない。毎日のように次に何を生けるか、友人に頼んだり、道端を物色し、夜陰に乗じているのはやはりよくない。夫のいうように会社に予算をもらおう。そこで、すぐ、社長のワイルド氏にeメールし、ジャケットをいただくかわりに一週五ドルから十ドルの予算がほしいこと、そして、なるべく、ファーマーズマーケットで買うようにして、コストを抑え、レシートを提出する旨を書いた。社長は英国人だから、花がある生活が好きに違いないと確信をもちながら。案の定、社長からすぐ返事がきた。ジャケットもくださり、予算もOKとなった。


その直後、こちらのカウンテイフェアで行われた、池坊のお華のデモンストレーションを見にいった。そこでのお華の先生の説明を聞いて我が意をえた。「ユニークなお花を生けたい場合には、歩いて探すこと、多くの友人をもって気にいった花を分けていただくことです」と言う。なんだ、私のやっていたことだ。それでいいんだ。


予算をもらった今も、なるべくただでユニークな花を生けたいと、いつも花挟みをハンドバツグに潜めている。今夜も暮れてきた。私の眼に昼間道端で見た、ネークドレーディのピンクの花がちらつき、私はまたそわそわしてきた。

卞O欲絢゙へ戻る