シリコンバレーから49      もうひとつの世界      竹下 弘美

 eメールの転送でいろいろなエピソードがまわってくる。迷惑しごくのものもあるが、中にはとても感動的なものもある。最近入手したもので、ひとりで感涙にむせんでいてはもったいないエピソードを、日本語に訳して皆さんとシェアしたい。




 父は町でいち早く電話をひいたひとりでした。僕は幼いころ、磨かれた電話のケースが壁にとりつけられていたのを憶えています。そして、その箱の横に受話器が掛けられていました。僕は小さすぎて手が届きませんでしたが、いつも母が話すのを興味深く聞いていました。そして、気がついたのはあの箱の中に驚くべき人が住んでいるということでした。その人の名前は「nformation Please」です。彼女が知らないことは何もなく、いろいろの人の電話番号や正確な時刻を教えてくれるようでした。


 母が近所にでかけているときのことです。僕は地下室の道具箱で遊んでいて、ハンマーで指を怪我しました。家には慰めてくれる人はひとりもいません。歩きまわった結果、そうだ、電話があると気づいたのです。すぐ、踏み台をひきずってきて、よじのぼり、受話器をとって耳にあて、「Information Please」 と言ってみました。電話器から、小さな透明な声がしました。「Information…」 「指を怪我してしまって……」聞いてくれる人がいるという安心感で一変に悲しさがこみあげてきて、泣き声になりました。

  「お母さんはいないの?」
  「誰もいないの」 僕はつぶやきました。

  「血は出ている?」 声が訊きました。
  「出てないけど、ハンマーで打ってしまったので、痛いんだ」と答えました。
  「冷蔵庫を開くことができたら、氷で冷やすといいわよ」とその声は言いました。


 その事件があってから、僕はいつも彼女に助けを求めるようになりました。フィラデルフィアがどこにあるかを教えてくれたのも彼女ですし、時には算数も手伝ってもらいました。ペットのカナリヤがあんなにきれいな声でさえずっていたのに、あっけなく死んで、ただの羽根になってしまった時もそのことを質問しました。彼女は私の悲しみを察したのでしょう。

 「ポール、おぼえていて、もうひとつの世界があるってことを。あのカナリヤはそこで、さえずっているのよ」そう聞いて、なんとなく元気づけられました。

 あるときには 「fixってどういうふうにスペルするの?」 と訊いたこともあります。シアトル郊外の小さな町に住んでいた時のことでした。


 九歳の時、家族でボストンに引越し、それからは「Information Please」にコンタクトすることもなくなりました。大きくなるにしたがって、幼少のころの自分とって「Information Please」がどんなに心の支えになっていたかを時々思い出して感謝していました。何年か経って西部の大学に行く途中、姉の住んでいるシアトルで飛行機の乗り継ぎをしました。飛行機を待つ間に、電話で姉と話した後、ふと、ホームタウンのオペレーターに電話をして、「Information Please」と言ってみました。


驚くことにあの小さな透明の僕のよく知っていた声が聞こえてきました。

  「Fixというスペルを教えてくださいますか?」
  長い沈黙があった後、やわらかな声で答えが返ってきました。
  「指の傷はもう直ったことでしょうね?」

僕は笑い、「小さい僕にとって貴女がどんなにかけがえのない存在だったかご存知じでしたか?」

彼女は言いました。 「私の方こそ。私は子供もいなくて、いつもあなたが電話をかけてくるのを愉しみにしていたのよ」


 僕は何年もの間、いつも彼女のことを想っていたこと、今度シアトルを尋ねる時にはまた電話をしてもよいかと訊ねました。 
  「どうぞ、そうして、サリーといって呼び出してね」


六ヶ月後にまた、シアトルにでかけた時、「Information」に出たのは違う声でした。
「サリーは?」と訊ねると 「お友達?」ときかれました。「古い友人です」
「お気の毒ですが、サリーはこの二、三年は病弱でパートタイムでしたけどついに、五週間前に亡くなりました」僕が呆然として受話器を切ろうとすると「ちょっと待って。もしかして貴方はポール?」
「はい」僕は答えました。
「それだったら、サリーからの伝言があるわ。彼女はもし、あなたが電話をしてきたら、これを読んでと私に頼んでいったの。 読むわよ。--- 彼に言ってちょうだい。喜び歌うもうひとつの世界があるって、彼にはそれだけでわかるから ---」お礼を言って電話を切りました。そう、僕には彼女の意味することがわかりました。



人間は必ず死ぬ。でももうひとつの世界でさえずるのだ。
「人間は生の最後の瞬間まで、誰かに何かを与えることができます」
私が座右の書にしている、日野原重明氏の「生き方上手二」にある言葉だ。