| 〜 第6日目 〜 |
| ユキさん、地球は確かに狭くなりました。パリもアムステルダムも日本から12時間で行ける。12時間で頭も心もヨーロッパ仕様に切り替えるのは慣れた人なら出来ると思う。でも、観光客として案内書レベルの知識しかなくて、その貧しい知識から様々想像しても、私はほとんど日本での日常を引きずったままの状態だったはずです。そんな人間にはやはり外国は外国、「遠つ国」です。東洋と西洋、北と南、民族、宗教、否応なくその違いを突きつけられます。情報が豊富になってお互いを理解することは以前より容易になって、越えるべき壁は少しずつ低くなっているとは思います。ただし、性急に壁を壊そうとすると、絶対失敗するでしょうね。特に心に関わる部分、精神的な文化は難しい。完全には理解しきれない。違いは違いとして、距離を置いて見ているしかないかもしれませんね。そういう意味ではどの国も「近くて遠い」のかもしれません。でも、理解と慣れは絶対地球を狭くしていくはずです。(ガッコのセンセみたいだけど、歴史はしっかり勉強しなくちゃいけないね。日本史も世界史も) ほそやんさん、旅日記読んでくださってありがとう。 「イコン」はキリスト教の聖画です。キリストや聖母や聖人が描かれた板絵のようなものです。ロシア正教などの東方教会でよく見られます。今度「クリスマス・キャラバン」のとき持っていきますから見てくださいね。 「国境越え」ってちょっとロマンチックでしょ?でもね、本当にあっけないの。オランダとベルギーの国境はバスの窓からちょっと「ここからベルギー」みたいな標識が見えただけ、ベルギーとフランスは列車で越えましたが、アナウンスもないし、標識もない。パスポートくらいは見せるのかしらと思っていたのに、何にもなくて気が抜けました。 ではいよいよ最終日10月30日(水)、モンマルトルです。 足の怪我が治ったばかりの方が一人いたので、モンマルトルのケーブルカー乗り場までタクシーで行こうということになり、仲間の一人が運転手さんに地図の場所を指差して「ケーブルカー、下、下!!」運転手さん怪訝な顔、これじゃ分からないよね。もし、分かったらすごいよね。「フニクリ・ド・モンマルトル、スィル・ヴ・プレ。」やった、通じた!よく写真にあるモンマルトルの丘への階段を横目にケーブルカーで行く。切符はメトロのと同じ。目の前に真っ白なサクレ・クール寺院。「サクレ・クール(聖心)はやっぱり白がいいね、グレーじゃね。」と友人が言った。確かに! 今日は珍しく暖かくて湿度も高い。眼下には薄い衣をまとったようにふんわりと拡がるパリの街、美しい・・・、ポン・ヌフからの眺めも素晴らしかったけど、これはまた本当に泰西名画の世界です。昨日歩いた辺りを目で追ってみる。ああ、素敵!満足! モンマルトルの丘にある家々やアパルトマンはシャンソンに歌われる世界そのままだった。「二人が住んでいたあのアパルトマンの見える丘に立ち・・・」、どこかでムーランも回っていそう。坂道を下って、パリでただ一箇所あるブドウ畑へ。もう収穫は終わり、美味しいワインになる日を待っているのでしょう。シャンソニエのオ・ラパン・アジルへ。小さな小さな店だった。掃除をしていたマドモワゼルが「ちょっと待って」というような仕草をして、ほうきを持つ手をせわしく動かしたかと思うと、にこっと笑ってドアをパタンと閉めた。写真を撮ろうとした私達に配慮してくれたようだ。 テアトル広場では、うわさどおり、絵描きさん達が似顔絵はいかがと寄ってきた。残念ね、20年遅かったわ! keiさん、覚えてる?アメリはモンマルトルでデートしてたでしょ。それから自転車で坂をびゅーっと降りて行ったでしょ。あそこ歩いてきました。 テアトル広場で他の二人と別れて、友人と二人でピギャールへ。日本で言えば、新宿歌舞伎町、夜は怖いけど昼間なら大丈夫だろうと思って。人もあんまりいなくて、静かなんです、これが。ちょっとだけ街を歩いてメトロの駅へ。ところが駅のホームには私たち二人だけ。と、多分後をつけてきたのでしょう、男の子3人、女の子2人がじわりじわりと私達に近づいてきた。包囲網を狭めるという感じ。今度は一目で分かりました。アラブです、目つきもよくない。私達だって学習したもんね。「来たな、子わっぱ!」「やってやろうじゃないの!」そんな気分。で、友人は「あっち行けー」、私は「ノーン、アレテー。」と叫んだ。子供達は何だか悪態をつきながらバラバラ駅から出て行った。考えてみれば、滑稽で大人気ないけど、子供でも5人となるとちょっと怖かった。周りに人もいなかったしね。友人がため息混じりに「私達そんなにとろく見えるのかしら。」そりゃまあ、観光客丸出しだもん、仕方ないよ。 オペラに戻り、免税店を冷やかして、ホテルに帰り、荷物整理。 午後6時過ぎ、シャルル・ド・ゴール空港を離陸する頃はパリはもうとっぷりと暮れて、飛行機が高度を上げるにつれて、パリの街明かりが星型に遠ざかっていく。日本なら蛍光灯で白っぽいだろうけれど、パリは白熱灯なのか、温かいオレンジ色に滲んでいた。要領悪くて、無駄足もしたし、限られた所しか行けなかったけど、とりあえず自分達の足でパリを歩いた。頑張ったじゃない私達。あーあ、終わっちゃったね! 機内食の日本そば美味しかったな。おせんべなんか2袋ももらっちゃった。 座席のテレビに前方の景色が映る。ものすごい数の星、そうか、星空を飛んでいるんだ。そのうち、うとうと・・・気がつけばシベリア上空、真っ白、山脈も谷も、平原らしきものも、どこまでも真っ白。気持ち悪いほど真っ白・・・ また、うとうと・・・「妙高だ」、「苗場だ」という声が聞こえた。日本に入ったらしい。そのうち「あれ中禅寺湖?」、「霞ヶ浦?」・・・成田到着! スカーレットの旅は終わりました。皆様、長々お付き合いくださいまして誠にありがとうございました。家族の理解と職場の仲間の協力があって、思いがけず実現した旅でした。最初で最後かもしれないし、またのチャンスがあるかもしれない。ただ言えることは、私はこの旅で味をしめてしまったということです。体にも気をつけます。一生懸命働いて、貯金もします。いつか皆様とご一緒できることだってあるかもしれない。 「命の洗濯」しましょう。洗いざらしにならない程度に! おしまい |