〜 第5日目(2) 〜
ZARAが渋谷にあるなんて知りませんでした。遅れてるね、私。因みにZARAはスペインの会社で、革製品がいいのだそうです。(職場のフィンランド人が教えてくれました。)

そういえばユキさんにファッションの話題をと言われていましたが、オランダ、ベルギーはもちろん、パリでさえも取り立てて目を引くようなものは見当たらなかったような気がします。街で普通に見かける人々は、若い人も中高年も子供も老人もそれほどいいものは着ていない。あまりアクセサリーも着けていない。原色もパステルカラーもない。何となく周囲の建物に溶け込んでしまうようなモノトーンの服が多い。地味で質素な感じです。でも、何となくスキッと垢抜けして見えるのは、体型とか、歩く姿勢とか、仕草とか、そっちの方が影響しているのかもね。中で西アフリカ系の大柄な女性が派手な原色の民族衣装をまとい、ターバンを巻いている姿が印象的でした。日本人の方がよっぽど贅沢なものを身に着けているように思います。もっとも、もっと違う所へ行けば、違うタイプの素敵なファッションにお目にかかれたのかも知れませんが。

さて、いよいよ念願のオルセー美術館です。実はルーブルは休館日、オランジュリーは改装中。オルセーしかないじゃんというわけです。でも、ルーブルと大英博物館は嫌いなんです。なぜかというとあそこは大国が力任せに分捕ってきた戦利品の山だからです。もっとも、その美術品を自国であそこまで大切に管理できるかというとそうでもなさそうだから、一概に目くじらを立てられないのですが。そこのところは複雑な気分です。

オルセーは45分待ち、多分そうだろうと思って途中で買ったでかでかサンドイッチとでかでかワッフルを友人と半分こして食べながら順番待ち、前に並んでいるご夫婦はブリュッセルからの観光客で、焼き栗をくれました。私はのど飴あげた。"C'est bien."と言っていました。ちょっと国際交流!パリ名物、パフォーマンスの人も2人いました。ツタンカーメンと真っ白な雪女みたいなの。

はい、順番が来て手荷物チェックを受け、中へ。いきなり、ミレー「晩鐘」「落穂拾い」、モネ「睡蓮」、ルノアール「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」、ドガ「踊り子」、ゴッホ、マネ、ローランサン、etc. etc. これでもか、これでもか。うわっ、うわっ、本物だ、本物だ、の連続です。中には東京で開催された展覧会で見たことのある絵もありましたが、あるべき所にあるように置かれたものを見るというのは全く感動ものです。しかも、本物との距離なんと30cm、大丈夫なの?もっとも触っている人などは見かけませんでしたが。先生に連れられて小学生くらいの子供達が模写をしていた。覗き込むと恥ずかしそうに隠してしまう子がいる一方、ふわふわドレスの女性を描いていた女の子に"C'est tres beau."と話しかけたら、"Merci madame."と言ってスケッチブックの一枚を破いて力作を私にくれた。もしかしたら何よりの記念になるかもね。でも、バッグに中でエヴィアンがこぼれていて大切な絵濡らしちゃったのよ。ごめんね、お嬢ちゃん。

あっという間の3時間、友人と二人外に出ても感動で言葉もありません。ほとんど夢見心地!「よかったね。よかったね。」それだけ。

さて、チュイルリー公園を抜けてコンコルド広場へ。シャンゼリゼ歩くぞ!世界で一番美しい通り、おお、凱旋門も見えるぞ。ところがちょうど半分くらいまで歩いたところでタイムアップ、もう戻らないと夜のお出かけの集合時間に間に合わないのです。オルセー45分待ちが痛かった。もともと、「シャンゼリゼなんてどうでもいいよね、どうせブランドの店と犬の糞しかないよ。」友人はそう言っていた。まあ、そんなもんでしょ、半分も歩けば上等よ!急いでメトロへ。

事件はメトロで起きた。ちょうど運良く発車寸前のメトロに飛び乗って、しばらくしたら友人が「やめて!!!」と急に金切り声を上げた。メトロは結構混んでいて、彼女と私との距離1mくらい。決して偏見ではないのですが、彼女のすぐ後ろに黒人の男の人、ちょっと嫌な感じだったので、何かされたのかと思って彼女の方へ行こうとしたら、私のお腹の辺を目の前の男の子がトントンとたたいて、差し出した彼の手には私の黒い財布。うそっ、何よ、あなたスリだったの?小学校2年生くらいの本当に可愛い男の子でした。友人の声に気圧されてすった財布を返してよこしたのでしょうか。3人の男の子が次の駅でそそくさ
と降りて行きました。彼女のバッグに手を入れようとしていたのが一番年かさの子で中学生くらい。彼女はすぐ気づいて声を上げたのでした。情けないのは私。そういえば、変にニコニコして私に体を押し付けてきたあの子、あの時やられたのね。全然気づかなかった。周りの人は目で「大丈夫?」そんな感じ。二人してお間抜け!特に私は!ホテルについて仲間に話したら、今回の旅行ではなくても、僕はボストンで、私はローマで、パリで2回・・・結構やられているらしい。それにしても本当に可愛い子供達だった。決して目つきが悪いとか、何か服装が変とかということはなかった。あんな年端も行かない子供がと思うと胸が痛くなった。ジプシーか、アラブかと聞かれたが、帰国してから、例のロシアの劇場テロの関係で新聞に載っていたチェチェンの子供の顔にそっくりだったことに気がついた。そちらの方からも流れてきているのかもしれない。パリの街はパリジャンだろうと思える顔立ちの人と他国の人だろうと思える人が半分半分。おまけに失業率9.2だか9.5%だかの国、生きてゆくのは日本より大変なのでしょう。

夜のお出かけはまた次回ご報告します。